社会思想史学会『社会思想史研究』第39号(2015年)の全文PDFが公開されています. shst.jp/journal/backnumber/201

‪【artscape 2019年02月01日号(artscapeレビュー)】Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー|高嶋慈 artscape.jp/report/review/1015

‪外山恒一氏による書評──歴史からの黙示—— アナキズムと革命(増補改訂新版) 書評|千坂 恭二(航思社) dokushojin.com/article.html?i=

‪【ARCHIVE:中原浩大】1992年『Art &Critique』21号〈CROSSING〉「アノーマリー少年」文・光田由里 realkyoto.jp/article/archive-n

‪仲山ひふみ氏による書評──意味がない無意味 書評|千葉 雅也(河出書房新社) dokushojin.com/article.html?i=

‪〈オブジェクト指向存在論〉最速入門01:対象とは?|motoaki iimori @lwrdhtw|note(ノート) note.mu/motoaki_iimori/n/nd707

展覧会自体は3月3日まで(会期中展示物の入れ替えあり)ですが、図録が既に発売されており、記事や読み物が充実していて展覧会の副読本状態となっており、その意味で普通にマストアイテム。これを読むと、当時の人たちがいかに文書という形で残すことに腐心していたかがよく分かります。

──そういうわけで、展覧会自体は「作られた伝統」((C)エリック・ホブズボーム)や「想像の共同体」((C)ベネディクト・アンダーソン)といった、近代ナショナリズムの形成をめぐる理論的フレームワークの一事例としてまとめられていたと見ることができますが、明治期日本の場合、そのプロセスはあまりにも急速であり、また近代国民国家に不可欠なプロセスとしての伝統の創造/想像と近世的な伝統からの断絶とが同時に進んでいったため、文化政策もまた官民ともども急ごしらえ感が否めないものとなっていき、それは概念や価値基準をめぐる争異のみならず文化財の展示や保存修復の現場にも影響を与えていくことになる。

以上のように、法律の制定までの様々な動きのみならず、法律制定後に動き出した様々な実践──とりわけ、岡倉天心が創設した文化財修復の専門部署である日本美術院第二部(その後「美術院」と名を変えて現在に至る)がフィーチャーされていました──にも目配せが効いていたわけで、常設展スペースの一角という限られた中でよくここまで詰めこんだなぁと思うことしきり。

以降、展覧会は明治維新後の文化財をめぐる情勢の変化を今に伝える記録の展示が中心となっていきますが、ところどころに面白い史料があって、個人的にはなかなか勉強になりました。神仏分離令が出されたのを契機に全国的に広がった廃仏毀釈の動きに対し、明治政府自身が そ う い う こ と じ ゃ な い と逆ギレした政令(「神仏分離は破仏の趣意に非ず」)の実物とか、なかなか貴重。明治政府自身がノリノリで廃仏毀釈しまくったと思ってた(爆)。

ともあれ、展示は上述した松平定信による調査──その成果は『集古十種』という書物にまとめられ、明治中期まで重要な参照資料となるのだった──以来となる大規模な調査の過程や帝室博物館(今の国立博物館)の創設といったトピックを挟んで古社寺保存法の制定に至るわけですが、かかる一連の過程は「文化財」という概念自体の創設を含んでいたことに注目してみる必要があるかもしれません。「文化財」も「国宝」も、この時期における跛行的な諸プロセスの中で作られ、それは日本という国家の近代化と同時並行的に進められていった、という。

2019年最初に見に行ったのは、京都文化博物館で昨日から始まった「古社寺保存法の時代」展。1897年に日本初の本格的な文化財保護法として制定された古社寺保存法に焦点を当て、同法に至るまでの日本の文化財保護行政の経緯を豊富な史料と作品によって振り返る展覧会です。

《幕末以来の動乱と社会変動、価値観の変化などにより、古くからの歴史を伝え守ってきた寺社や旧家が甚大な影響を受けたこの時代、それらが所蔵する貴重な品々もまた大きな危機に直面しました。そのような中、国の歴史を伝える資料や優れた古美術品を保護することは、近代国家として出発した日本の急務となり、多くの試行錯誤を経て、明治三十年(1897)に古社寺保存法が成立します》(「ごあいさつ」より)──この一連の流れがフィーチャーされていたわけですが、実際に史料を見てみると、寛政年間に老中松平忠信によって行なわれたという全国規模の調査から話を始めておりまして、アーカイヴという行為をめぐる近世〜近代史といった側面もありました。法律の制定に至るまでの過程のみならず、日本におけるアーカイヴの製作過程や(広義の)博物館学も主題となっていたわけです。

‪中国現代美術をつくり上げた世代の、ひとりの文人。邱志傑(チウ・ジージエ)インタビュー |美術手帖 bijutsutecho.com/magazine/inte

あけましておめでとうございます

‪The Public Times vol.1〜Chim↑Pom卯城竜太 with 松田修による「公の時代のアーティスト論」〜 |美術手帖 bijutsutecho.com/magazine/seri

松井女史の「抽象的な「家」」が突いているのは、「住まい」や「住むこと」をめぐる、かように錯綜した(広義の)ポリティクス/エコノミクスであり、(マンション)ポエム=「商品語」((C)マルクス)の世界に「抽象」という異語を導入することによって何がしかの介入を見せようとしていると言えるかもしれない。これもまたひとつの「抽象の力」((C)岡﨑乾二郎)であると得心しきり。

ところで、最近だと、マンションの広告などが──俗に言う「マンションポエム」に顕著なのですが──マンションが建っている場所、もしくはそこに住まうことを過剰に売りにしているわけですが、かような広告のマンションポエム化がいつからヒドくなったのかについては諸説あるにしても、現代美術において「サイトスペシフィック」「サイトスペシフィシティ」が強調されるようになったことと同時並行的、あるいは同根の現象であることは、ここで押さえておく必要があるでしょう。というかマンションポエムって「サイトスペシフィシティ」の極悪なパロディなのではないのか、という(^_^; 一方でこれらの広告において居住性や機能性自体が売りになることはほとんどないわけで、そこでは「家」は、むしろ抑圧されている。

松井女史は自身のかかる仕事を「抽象的な「家」」と称していますが、実際に出展作品を見てみると、なるほどこれは確かに「抽象的な「家」」だよなぁとしか言いようがなかったわけで。それは作品がことごとく実際の建材(壁紙、フローリング、照明など)を用いていることによって、さらに際立っていたのでした。インテリアから機能性を剥奪し、建材のモノ性だけが突出していたと言うべきでしょうか。そのことによって、松井女史の「抽象的な「家」」は、むしろ私たちの感覚に対して、親しさよりもむしろ異質さ・不気味さをあらわにすることになるだろう。

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