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あたしか @wakarimi075@mastodon.xyz

今月から始まったアニメ『少女歌劇レヴュースタァライト』( revuestarlight.com/ )。当方のようなおじさん的には21年ぶりに遭遇した状況劇場or天井桟敷+幾原邦彦= テイスト(ヴィジュアルもストーリーも)でしたが、これがリアルタイムでは初見であろうキッズたちの反応やいかに……

毎年恒例のART OSAKA(7.7〜8 ホテルグランヴィア大阪)に今年も行きました。出展ギャラリーがホテル内各部屋に作品を置いて即売するというイベントで、各ギャラリーイチ推しの作家の小品が買えるという触れこみですが、まぁ当方は経済的にお察しな状況なので(ry

個人的には東京から出展してきたeitoeikoが今年も相変わらず飛ばしてるなぁと思うことしきり。画像は岡本光博氏の《ドザえもん》と、青秀祐氏のミサイルをモティーフにしたソフトスカルプチュア(タイトル聞きそびれた)。前者は各所でおいそれ大丈夫か!?という反応を起こした作品ですが、まさかホテルの客室内で接することができるとは思いませんでした(^_^; 一方、後者は自衛隊で実際に使われているミサイルをモティーフにしていまして、この直前に行なわれていた個展では実物大作品が出展されていたという(驚)。今回はスケールダウンした作品が出ていましたが、戦後日本と(自衛隊のみならぬ)軍事一般との歪な関係性のカリカチュアとして、なかなかよくできているように思うことしきり。

三重県立美術館での「モダニストの日本美―石元泰博『桂』の系譜」展では実際に四種類(1960、1971、1983(カラー版)、2010)の写真集を見較べることができたようですが、今回の「桂離宮のモダニズム」展ではそれはできず、そこは惜しいなぁと思うことしきり。とはいえ、桂離宮とモダニズムの関係性を体現している(とされてきた)写真作品と、その関係性の歴史的な変遷の中で生じた揺らぎの中で制作された写真集とを対置するという構成は、なかなかクリティカルである。写真作品と写真集との間において「モダニズム」という理念は、ひょっとしたら相反する契機すら内在しているのかもしれないし、さらに言うと実際の桂離宮との関係もここから見直しを迫られることになるのかもしれない──そういう多様なスペクトラムに改めて置き直すことが要請されていた展覧会であったと言えるでしょう。できたらこれは企画展としてガッツリ見てみたかったです。

この「桂離宮のモダニズム」展に先行して、三重県立美術館で同じ石元の写真と資料によって構成された展覧会が開催されていたそうです。当方は会期終了後にそんな展覧会があったことを知ったという体たらくなので、その詳細については愛知県美術館学芸員の副田一穂氏によるレヴューを参照されたいのですが(桂離宮にミースを見た写真家。 副田一穂が見た「モダニストの日本美―石元泰博『桂』の系譜」展|美術手帖 bijutsutecho.com/magazine/revi )、ここにおいて副田氏が読者に注意を促しているのは、石元による写真が、しかし写真集になる過程において様々な第三者(ヘルベルト・バイヤー、ヴァルター・グロピウス、丹下健三、亀倉雄策……)の直接的間接的な介入を受け、写真集どころか写真もまた何種類も存在している(さらに言うと、石元自身、1981年に桂離宮を(今度はカラーで)再撮影している)ということです。つまり、桂離宮とモダニズムの関係自体、即自的につながっているわけでもなく、さらに石元の目線によってのみその関係性自体が成立したわけでもなく、第三者たちの思惑もまたそこに入り混じったものとしてあるということになる。

もちろん今日ではかような素朴な認識は夜郎自大に過ぎるので、少なくともアカデミズムの場においては斥けられてしかるべきものではある。

(……と思っていたら森美術館での「建築の日本」展( mori.art.museum/jp/exhibitions )が全体的にかかる雑い認識のオンパレード状態らしいと仄聞して、油断ならんなぁと頭抱えて笑うことしきりなのですが←)

それではこの展覧会はどうだったのかというと、「桂離宮のモダニズム」というタイトルに反して(?)桂離宮とモダニズムとの間に、意図的にか非意図的にか断絶線が挿入されていた──少なくとも、その取っかかりとなるような要素が展示物の中にあった──ように、個人的には思うところ。それは桂離宮とモダニズムとをつなげる紐帯として機能していた/機能している石元の写真自体が、もともと石元の目線自体がフレーミングの中でモダニズムを内面化していたことのみならず、ポジとして出されるプロセスの中でトリミングしていた/されていたという事実にかかわって、重大である。

シカゴで写真を学んだ石元は1954年に桂離宮を撮影し、その成果を1960年に写真集にして出版しましたが、そこでは柱と軒が織りなす直線的な構造や(ふすまの表画や障子のしつらえ、庭石の配置などに見られる)同じパターンが続くデザインといった要素が極端に強調され、あたかもル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエといったモダニストな建築家の近作のような相貌すら見る側に抱かせかねないものとなっておりまして、その明快な思考によってものされた写真が与える規定力は──ブルーノ・タウトの「日本文化私観」とともに──桂離宮のある種の神話化に寄与してきたと言えるかもしれません。そしてこの神話化から敷衍されるような形で〈建築における日本的な美〉が(戦前の国粋主義+アジア主義とはまた違った形で?)通時的・汎歴史的に立ち上げられることになる──日本の建築には西欧のモダニズムに通じる〈日本的な美〉が遺伝子レベル(笑)で存在しており、それはことによるとモダニズムに先行しさえしていた、というような。

いささか旧聞に属する話ですが、5月12日から7月1日の日程で京都文化博物館で開催されていた「桂離宮のモダニズム」展は、常設展フロアの一角に高知県立美術館蔵の石元泰博(1921〜2012)撮影による桂離宮の写真が百数十点ほどと写真集などの関連資料が展示されているという、ささやかといえばささやかな展覧会だったものの、モダニズム/モダニストの目線から桂離宮を(再)発見したとしたとされ、現在でも写真・建築双方の界隈において評価の高い石元の仕事について再考させるものとなっていました。 mastodon.xyz/media/0AXrdDVknZ7

‪民主主義の空隙 ロザリン・ドイッチ(比嘉徹徳=訳) "THE THRESHOLE OF DEMOCRACY" Rosalyn Deutsche d.hatena.ne.jp/araiken/2010100

‪プロジェクション(なき)マッピングあるいは建てることからの撤退 福尾匠|10+1 website 10plus1.jp/monthly/2018/07/iss

加治屋健司「幻触再考 石子順造やもの派との関係を見なおす」 kamakura.gallery/genshoku/kaji

‪【artscape 2018年07月01日号(フォーカス)】【ウィーン】歴史と共鳴するコンテンポラリーアート|丸山美佳 artscape.jp/focus/10147253_163

‪ピエール・ユイグが岡山芸術交流で目指すもの。「超個体(スーパーオーガニズム)」とは何か? - 美術手帖 bijutsutecho.com/interview/142

‪福尾匠「迫鉄平「FLIM」展 画鋲を抜いて剥がれたらそれは写真」 bijutsutecho.com/insight/16887

いずれにしましても、身体や肉体について、それが潜在的顕在的に持つ野放図な指向性をただ肯定するという動向──最近(最近?)ですと、ゼロ年代前半に美術手帖が〈肉体表現主義〉をフィーチャーしていたことがありましたが──とは明確に一線を画していたことで、身体と表現との関係性に切り込みつつ、しかし制作されたフィットネスマシーンの日曜大工感が微妙に「「「外している」」」ことでいろいろ脱臼させていたわけで、それは個人的にはなかなかポイント高。「コンセプトと実作との関係を「脱臼させる」ことで「より広い知的射程に自作を置き直す」」という関西・現代・美術における一種の伝統(もう一方の平田氏の作品は、その伝統のひとつの端緒として見ることができる)の現在における高水準な表現となっていたのでした。

菊池氏は先だっての京都市立芸大の制作展で大量のボクシンググローブを使った大がかりな謎マシーンを作り、それを動かすことでアクションペインティングか何かを描くという、明らかに篠原有司男氏のボクシングペインティングに対する当てつけ感あふれる作品を出展して話題になっていた(当方は未見なのでアレですが)様子ですが、その作品にしても今回の作品にしても、自身のアクションを間接性のもとに置き直したところから始めていたわけで、それは端的に慧眼である。さらに言うと氏の関心は行為やその結果にではなく、行為を行なう身体があらかじめ拘束されてある──あるいはむしろ、その拘束の側こそが身体であるという顚倒した認識に向かっている。これは、氏がステイトメントにおいて、肉体の美しさが古代ギリシア以来美の基準になってきたから、ならば自分が筋肉美を備えたら全ての自作は美しくなるはずだという詭弁めいた発言をしているところからも見えてくるのではないでしょうか。

さておき、平田氏は1960年代に制作した平面や立体を近年リメイクした作品を、菊池氏は新作の装置めいた作品を出展していました。ここでは特に菊池氏の作品に注目してみたい。菊池氏の作品は自作の木製フィットネスマシーンと言うべきもの×二種類で(画像参照)、ダンベルや重りの先に筆がついており、氏自身が腕を上下動させたりヒンズースクワットしたりすることでその軌跡がカンヴァスに描かれる、というものとなっています。当方が見に行った折にはパフォーマンスが行なわれ、菊池氏がかかる二種類のマシーンでそれぞれ一セットずつトレーニングすることで、計3枚の絵画が描かれていたのでした。かような具合に、菊池氏の作品は一種のアクションペインティングであると見ることができますが、直接的に描くのではなく、フィットネスマシーンを介して行なっているところに独自性があると、さしあたっては言えるでしょう。

谷町六丁目にある+1 artにて6月7〜24日の日程で開催されていた平田洋一+菊池和晃「エイリアス-コレイガイノスベテ」展。1960年代から制作活動を行なっている平田洋一(1936〜)氏と今春京都市立芸大の大学院を修了した菊池和晃(1993〜)氏の二人展。+1 artでは過去何回か歳の離れた美術家同士の二人展を企画してきているそうですが、ギャラリーの人いわく今回は過去最も年齢が離れているとのこと。確かに81〜2歳と24〜5歳というのは祖父と孫以上の差がありますからね。